日誌2016/11/22〜時代の空気について
今、テレビ朝日の橋本氏の番組を見ている。私はデーブ・スペクター氏に好感を持った。番組ではスペクター氏のコメントは少ない(遠慮しているのか、編集されているのかもしれない)。しかし、その少ないコメントからスペクター氏の人柄が理解できる。スペクター氏はトランプ氏を嫌悪している。一方の橋本氏や木村氏はトランプ氏を絶賛(に近い)していた。私は、アメリカ人であるが親日家のスペクター氏の考え方をもっと聞きたい。
番組では、いつも橋本氏の舌鋒が鋭く、他の人は遠慮しがちだ。おそらく橋本氏と口論になるからであろう。現在、多くの日本人がトランプ氏に歩み寄っている。「長いものに巻かれろ」は日本人の伝統的スタイルだ。もちろん、そのスタイルは悪い面ばかりではない。今回、トランプ氏が大統領になったのだから、仲良くするのは常識的である。国の代表である安倍首相の迅速な行動(訪米)は評価されるものだと思う。しかし、それを支える市民やメディアには、もっと多様な意見があっても良いのではないだろうか。
私は反論のための反論は好きではない。ゆえに臆見に基づいた主観論や推測ではなく、もっと事実に基づく論理的な意見が欲しい。勿論、主観的な市民の声も大切だとは思うが・・・。
大統領選、私はトランプ氏の当選を予想したが、直前にヒラリー氏を応援した。その感覚はマイケル・ムーア氏に近いかもしれない・・・(当然のことながら、アメリカ国民ではない私はアメリカ民主党支持者ではないが)。
現在、日本人はトランプ氏を評価し始めているが、そんなに簡単に掌返しをしても良いものだろうか。繰り返すが、国家を代表し、国の安全保障や貿易協定等、外交のトップである、安倍首相の立場では、次期大統領と仲良くする事は当然だし、その行動が迅速なのは悪いことではないと思う。
しかし、橋本氏がトランプ大統領の選出にあわせ、「有権者は馬鹿ではない」と断じ、かつ民主主義を絶賛することに関して、私はいささかの疑義がある。まず橋下氏には、有権者の見識を信頼しているようだが、それはどのような観点から言っているのか聞いてみたい。例えば、日本国の有権者の見識なのか、アメリカの有権者の見識なのか、全ての人達の見識が信頼できると言っているのだろうか。もしそうなら、それは他の国の選挙制度、有権者の中には、そうではない人達もいるということを含意しているのではないだろうか。それとも、民主主義のシステムを信頼しているのだろうか。そのシステムの中で、有権者(この場合、厳密には何を指すのだろうか)の判断は正しいと言っているのだろうか。
もし、すべての有権者の見識を信頼しているにしても、システムを信頼していても、またその両方でも、言わずもがなである。有権者は絶えず、情報を吟味し、考え方を修整しなければならない(なぜなら、考え方が全く変わらない人も変だし、変わってばかりの人も変だと思うから)。また、選挙制度も見直さなければならないと思う。ここで、こんなことを書いているのが虚しいが、選挙制度はいつかは変わるに違いない…。
正直に言って、私には現在の選挙制度や有権者の見識に疑義がある(自分の見識だって疑わしい…)。
現時点での私には、これ以上、民主主義を詳細に論じる知識はないが、その本質はシステムにあると考えている。ゆえに「有権者は時にして馬鹿にもなる」と断じたい。そして、そのような時でも国家として方向性を誤らないよう、かつシステムが機能不全に陥らないよう、システムを修正し続けなければならないと、人生経験上直感するのだ。
誤解を恐れずに言えば、我々国民の中には見識のある人ばかりではない。そのような市民によって政治家が選ばれ、その政治家が行政を行ない、その社会構造に問題が無いと思うなら、それは見えてないだけだ。また、何かによってバランスがとられているからで、政治家の力でバランスが維持されているのではないと思う。隣国は今、大統領の問題で大変な事になっている。私は、その問題を大統領一人の問題にしてはならないと考えている。つまり、政治家の問題にするのではなく、国家の統治機能のシステム論の問題、また市民(有権者)一人ひとりの問題、国家観にあると考えている。
今、日本人のみならずアメリカ人が、韓国大統領の例を他人事と一蹴しても良いものだろうか。おそらく、日本人は「我々の先人は優秀で、隣国とは違う」と考えていると思う。しかし、韓国のみならず日本や他国にも、組織の統治機能の問題があるはずだ。ただ、それらは真剣に考え、感じる力がなければ解らない事なのだろう。
組織の統治機能の見えない劣化や瑕疵が、見える形で現出するのは、明日かもしれないと思っている。また、その見えない問題を見えるようにして行くのがメディアの役割では無いのかと思っている。
私がここで危惧するのは、トランプ氏のことではない。日本人の楽観的思考パターンが心配なのだ。もちろんプラス思考は大切ではあるが、余りにも外にも内にも楽観的すぎるのではないだろうか。
終わり〜気が向いたら、続きを書き記したい。