拓心武道修練理論の執筆を急いでいる。拓心武道論では、理念的な事柄と方向性のみを述べた。今度は、具体的な修練理論をまとめた教本を制作したい。道場生の上達のために、より具体的な教本が必要だと思うからだ。以下は、その中の「構え」の章の草稿である。
教本では、写真等を使って解説したい。今回、動画教本(キャプションを修正した)を合わせて掲載しておく。
なお、取り急ぎ、昇段審査、昇級審査を受審する人たちには、是非とも「構え」を見直していただきたい。また、草稿からの抜粋なので、前後を読んでいなければ理解しにくい部分もあるかもしれないが、ご了承のほどを…。
構えは全ての技の一(始まり)となる
「構え」とは全ての技の一(始まり)となる。その本質は「心の構え」にある。すなわち、他者をどのように捉え、それに自己をどのように対応させるかという意識が「構え」の始まりであると言っても良い。これから拓心武道における「構え」の意義について述べてみたい。
拓心武道修練における「構え」の考え方は、「構えは全ての技の一(始まり)となる」というものである。その本質は「心の構え」にある。換言すれば、「構え」とは、相手の攻撃し、かつ防御するために、如何に基本技を活用するかに関する思想及び手筋が反映したものなのである。ただし、「構え」に囚われることは戒めなければならない。なぜなら、「構え」の本質が「心の構え」であり、その形が絶対としてとらわれれば、変化に対応するための「技」や「技能」を生み出すことができなくなる。
しかしながら、強力な殺傷力・威力の可能性を秘めた刀剣を用いる剣術においても構えはある。その意義を突き詰めれば、如何に確実に斬るか、また如何に斬られないようにするかの心の準備、そして身体の準備だと言える。ならば、素手素足を用いる武術においても、心の準備、かつ身体の準備が必要なことは言うまでもないだろう。そして基本中の基本とするべき事柄なのである。
先述した、心と身体の準備とは、抽象的な表現だが「最高の技」を創るための心構えでもある。より具体的に述べれば、「構え」とは、精度の高い基本技を創ることと基本技を用いる高い技能を体得することに向けての心身の準備、その2つを面を併せ持つものなのである。
換言すれば、心身の準備が技を創ると言っても良い。さらに述べれば、「最高の技」を目指す修練とは、その準備の過程だといえる。また、準備の過程における、自他の心身に対する深い掘り下げを覚悟する表現でもある。
以上に述べた「準備」に対する考えを元にした修練の「一(始まり)」が「構え」に対する理解である。そして体得のための手段が「自然体・組手構え」を設定することなのである。
自然体・組手構え
ここで拓心武道修練における「自然体・組手構え」についての要点を述べる。「自然体・組手構え」の要点は、「相手の頭部をより正確、かつ素早く攻撃できる構え」そして「相手の頭部への攻撃をより素早く防御できる構え」ということだと言っても良い。もちろん、相手の戦い方(得意技)によって、「構え」の多少の変化はある。しかしながら、拓心武道では、徒手による頭部への攻撃に対し、より早く、より効果的に攻撃しやすく、かつ防御技を作りやすい体勢・構えを基本とする。
より具体的に述べれば、自然体・組手構えは、立ち方としては「自然体」という立ち方を起点とする。ここでいう「自然体」とは、両足を腰幅ぐらいとし、両腕の力を抜き、自然に下げた状態だ。この自然体で膝の力を抜き、両腕を手首の内側を相手に向けないようにして両足の前に置く構えを「無形の構え」という。組手構えは、自然体で拳を作り(両手を握る)、その両腕を腕の力を拭いた状態で上に挙げる。その際、相手の頭部を攻撃する際より近くになるよう、また自己の頭部を腕で守りやすいように頭部(顔)の横におく。さらに左右の足のどちらかを一歩前に出し、少し膝の力を抜き重心を落として立つ。これが「自然体・組手構え」だ。
補足を加えれば、前後の足の体重の掛け方は、前足に50%、後ろ足に50%が基本だが、感覚的には前に歩き出せるような意識を少しだけ強くする。「自然体」という立ち方は歩くように動くことが基本だからである。そして繰り返すようだが、組手構えの重要点は、両腕を腕に上げても腕には力を入れず、両腕(小手)によって頭部全体を蹴り技や突き技から守りやすい態勢にすることである。また膝の力を抜き、わずかに重心を落とすこと。なぜなら、下半身を素早く動かし、立ち位置を変化させたり、地面半力を得る際、極力、上下動を避けるためである(移動)。また、動く際の上下動は体力を消耗し、かつ体軸を不安定にするからである。体軸が不安定になる動き方を続けていると、他者が動き回る戦術を取る場合や複数の場合などにおいて、体力の消耗が避けられず、技の発揮ができない。それは、戦いにおいて敗れる可能性が高くなるということだ。
さらに補足を加えれば、構えを「技」の一(始まり)として意識することは、身体を用いて基本技を作る一(始まり)の意識ともなる。なぜなら、その一(始まり)から基本技の動きが始まり、かつ軌道が生まれるからだ。また、その動きの軌道を予測(読み取る)ことが組手修練の目標の一つでもあるからだ。そして、対峙する相手の技の初動や軌道を予測するためにも、動きの起点としての「構え」に関する理解を徹底しなければならない、と私は考える。その理解があるからこそ、より高い技と技能が創出されるのである。大体、以上のような考えにより、「構え」とは全ての技が始まる一(始まり)と拓心武道修練では教えるのである。
換言すれば、「基本技」の「一(始まり)」としての「構え(心構えと身構え)」から、「二」として攻撃技や防御技が生まれる。そして、さらに続く基本技(攻撃技や防御技)との組み合わせが「三」である。その一から三の構造を理解した者にのみ「技」を自在に運用・活用できる道が拓かれるのだ。