Quantcast
Channel: 増田 章の「身体で考える」〜身体を拓き 心を高める
Viewing all articles
Browse latest Browse all 480

大竹氏&ユパンキ最高!!リサイタルの御礼を込めて〜

$
0
0

大竹史朗&ユパンキ最高!!リサイタルの御礼を込めて~

【大竹史朗氏のリサイタル】
昨晩、大竹史朗氏のリサイタルが銀座ヤマハホールで行なわれた。
以前のブログでも書いたが、アルゼンチン・フォルクローレ(アルゼンチン民族音楽)のギタリスト、大竹史朗氏と私は同じ年齢。共通の友人を介して知り合った。
 
リサイタルでは、大勢の人がヤマハ大ホールに集まり、大竹氏のギター演奏と歌、語りを堪能したと思う。私には、大竹史朗氏のリサイタルは大成功に見えた。

聞くところによれば、本リサイタルは、これまでのリサイタルの中で、最も良いものだったようだ。

また、大竹氏の専門である、アルゼンチン・フォルクローレのみならず、他の音楽ジャンルの要素を取り入れた、大竹氏の楽曲も披露された。

その楽曲は「エルカミナンテ」である。
実をいえば、その楽曲は、フリースタイルカラテの大会で紹介した「タクシンの道」である。今回のリサイタルでの披露にあわせて、「タクシンの・・・」では、意味不明なので、より良いタイトルに変更したようだ。

リサイタルでは、実弟のゴロー氏と共演した。弟のゴロー(漢字が分からない)氏は、とても良いキャラである。私はファンになった。イメージは、「明るいイタリア人」といったところか(笑い)。「エルカミナンテ」という楽曲とゴロー氏の登場で、おそらく、通常は郷愁を帯び、暗めのリサイタルの雰囲気が明るくなった。本当は、史朗氏も明るくやりたいのではないだろうか・・・。これは冗談です。



話を戻せば、「エルカミナンテ」とは、スペイン語で「道を往くもの」という意味らしい。良いタイトルだ。今回のリサイタルの第1部の最後に演奏された。

リサイタルの中で大竹史朗氏は語った。「今回のリサイタルは25周年記念というものではなく、むしろ、新しい第一歩を記念するリサイタルだ」と。

彼は渡米後、日本人にもかかわらず、縁あって、アルゼンチン・フォルクローレを承継かつ探求してきた。そして現在、アルゼンチン政府の招聘を受けるまでになった。

おそらく彼は、アルゼンチン・フォルクローレ、また彼の心の師ともいえる、ユパンキ(アルゼンチン・フォルクローレの巨匠)に改めて感謝しているに違いない。

【ユパンキについて】
ここでユパンキの名前を知らない人に対し、ユパンキについて、私なりの紹介をしたい。

ユパンキは、父親がインディオ、母親がバスク出身の移民らしい。その風貌は、完全にインディオである。

ユパンキはアルゼンチン・フォルクローレ(民族音楽)の演奏家(ギタリスト)であるのみならず詩人でもあった。また社会思想家でもあったようだ。

社会思想家とは私の理解であり、大仰な表現かもしれない。しかし、ユパンキは若い頃、政府からにらまれ、亡命を余儀なくされたり、投獄されていると聞いた。「当たらずといえども遠からず」だと思う。

リサイタルでは、そのようなユパンキの境涯の話も披露された。私の浅薄な理解ではあるが、ユパンキの詩や楽曲は、彼の魂からの声としてのみならず、逆境に立ち向かう中から生まれたのだと、私は理解した。大竹氏は、そのユパンキの魂に中学生の頃から共鳴していたというから、驚愕である。それを彼は、自虐的に「暗い中学生でした・・・(笑い)」と観客を笑わせていた。

大竹氏はギターのみならず、語りも上手い。


【能を蓋し(つくし)、工夫を極めて後、花の失せる所をば知るべし・・・(世阿弥)】

大竹氏が語っていたが、彼は直接、ユパンキに演奏の指導を受けたことがあるらしい。その時、ユパンキとギターによって現出される音を聞き、「その音を一生を賭けて追い求めたい」と思ったそうだ。また、彼はその音が「聞こえたというより、見えた」と語った。

彼特有の言い回しを私なりに翻訳すれば、彼の中でユパンキの「音」の世界を明確に感じ取ったということである。

しかしながら、どんな才能ある人もユパンキにはなれない。
だからこそ彼は、ユパンキと出会った時に感じた、ユパンキの「それ(it)」を追い求めながら、自らの道を往くのだ。

およそ芸の道において心掛けること。それは、その真髄を理解しようと努力することである。そのような努力をするならば、その真髄はその努力をする人の中(からだ)で、自ずから成長し、花となる。

芸道とはすべて、そのようなものだと私は考えている。

リサイタルの締めくくりは、ユパンキが広島を訪れた際、広島に捧げた詩、「ヒロシマ」に、大竹氏が曲をつけた楽曲であった(彼は歌も歌う)。

この「ヒロシマ」という楽曲は、ユパンキが大竹氏と共作として認めたものらしい。「ヒロシマ」は、大竹氏の「風が歌う地」と共に、私の大好きな曲のひとつである。史朗さん、すばらしいリサイタルをありがとう。

最後に、僭越ながら大竹氏に、私が最も感銘を受けた書籍の一つ、世阿弥の風姿花伝の言葉を贈りたい。

「能を蓋し(つくし)、工夫を極めて後、花の失せる所をば知るべし。この物数を極むる心、即ち、花の種なるべし。花を知らんと思えば、先ず、種を知るべし。花は心、種は態(わざ)なるべし」



エルカミナンテを聞きたい方はこちら







Viewing all articles
Browse latest Browse all 480

Trending Articles