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Channel: 増田 章の「身体で考える」〜身体を拓き 心を高める
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フリースタイル空手の概論(加筆修正)

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しまった!。下書きのままで掲載するつもりはなかったが、ボタンを間違えて押してしまった。しょうがないので掲載することとする。

 

今、インターネットによる空手指導用のサイトの修正を行っている。かなりの時間が必要なので、気力が持つか心配である。途中、空手理論のページに掲載していた小論が目に止まった。寄り道のように加筆修正を加えてみた。かなり時間が取られた。こんなことをしている余裕はないのだが…。ただ、フリースタイル空手の理念は、私の信念であるから、今後アプローチを変えてでも形にしたい。

 

最近、知人が早逝したとの知らせを受けた。私も年をとり、毎年のように同年齢の知人、友人の早逝の知らせを受けるようになってきた。私ももう少しだ。まだ早いと思われるだろうが、そんなことはない。本当に、健康であることは何物にも代えがたいことだと思う。眼をとじて、友人や家族の健康を祈らずにはいられない、毎日である。

 

フリースタイル空手の概論

 

【転じ(Turnaround)とは?】

転じとは、戦い(戦闘)の勝利を決定する局面に内在する、戦いの原理のようなものだ。私は、戦いの局面において、より善く戦う者の戦術には、転じの原理が存在すると考えている。

 

私は、それを「転じ(Turnaround)と名付けた。その定義は、「対手の攻撃を無力化し、反撃の効力を最大化する状況をつくること」となる。言い換えれば、自他の攻防の間に生じる「機」を生かすことである。

 

【戦術が多様で複雑】
フリースタイル空手という武道スポーツは、戦術が多様で複雑となる。なぜなら、相手を打つ、蹴る、倒す(投げる)ことが許されるからだ。他の格闘技スポーツは、あまり複雑になることを避けるかのごとく、戦いの局面や攻撃技術を限定し、戦術の選択の幅を狭めている。フリースタイル空手においても、関節技や寝技(グランド)の攻防(戦術)を排除し、戦闘局面を限定している。それは安全性を確保するためである。安全性の確保がなぜ必要かと言えば、答えは簡単だ。

 

【優れた技術の創出を目標】
それは、スポーツとして、格闘技を楽しみながら個々人の心身を強化することを、フリースタイル空手競技は目指しているからだ。また、優れた技術の創出を通じた、道理の体得により、有為な人材の育成に武道を役立たせることを究極の目標としている。そのような目標を達成するためには、反復可能な条件の確保、つまり安全性の担保が必要なのである。

 

一方、本当に優れた格闘技術は、生死の間の状況を体験しなければ体得できないと、容易に想像できる。しかしながら、それは極々少数の者に許されないことなのだ。また、私の感覚によれば、生死を安易に口にする者は怪しいとも思っている。さらに言えば、その領域が武道家と名乗る人達の隠れ蓑になっているような気もする。私は、この部分について、これ以上、公には言及しない。

 

【戦術の限定は、戦術や技術を研ぎすます】
さて、私は「戦い方、戦術の限定は、技術を研ぎすます」と考えている。

 

例えば、ボクシングやレスリングはその典型である。格闘競技のルールという観点から見たボクシングは、突き(パンチ)による頭部と上体への打撃という戦術に特化したスポーツだ。ボクシングが技術を限定するがゆえに、その技と戦術が優れている。またレスリングは、組み合いによる相手の支配という戦術に特化したスポーツだ。レスリングがボクシング同様にその技と戦術が優れているのは、技を限定するがゆえであろう。ここで把握しておかなければならないことに、技術評価の明確性を挙げたい。技の限定による、優れた技術の創出は、技術評価の明確性と表裏一体である。そこが曖昧だと、優れた技術は創出されにくい。

 

但し、ここでいう優れた技術とは、目に見える技術を指すのではなく、見えないところで機能している技術も含んでいる。ゆえに普通の眼では認識できない。そこが問題である。勿論、見た目が美しいというのは、優れた技術の機能美としての反映だとも言えるが…。しかしながら、真に優れた技術については、構造的な観点から説明しないと、私の考えがうまく伝えられない。今回は端折り、別の機会を待ちたい。

 

【空手の特異性の第一は】
一方、空手競技はどうか。空手は突きや蹴りに技を限定している。本来ならば、ボクシングやレスリング同様、優れた戦術が誕生しなければならない。しかし、安全性を確保するために、攻撃方法や戦術に限定が加えられている。また、技術の判定基準が曖昧である。ゆえに、優れた技や戦術が生まれにくくなっているように思う。

 

私は、空手の特異性の第一は、ボクシングやレスリングとは異なる間合い(距離)からの攻撃だと、考えている。つまり、中間や遠間からの攻撃だ。勿論、古伝の空手に見られる、接近戦での打撃技も空手の特異性の一つであろう。しかし、敵と離れた間合いからの攻防を行うための機動力が、空手と他の格闘技との最大の差別化になると思う。また、その機動力や技術は、ナイフなどの小武器などに対応する護身術の基盤となるであろう。しかしながら、そのような機動性と攻撃技術の片鱗を、フルコンタクト空手競技では見ることができない。むしろ寸止めと言われる、伝統空手の組手競技に、その片鱗が見られるといえば、言い過ぎだろうか。そのようになったのは、打撃技の攻防から逃れるための戦術としての接近戦を多用するからだと推測する。また、一撃必殺と言いながら、急所への打撃技や頭部への打撃技に対し限定を加えているからであろう。

 

さらに言えば、多少の打撃をもらっても、防御技術の未熟さとは考えないことや相手の攻撃と防御の間に一撃必殺の機があるということを理解していないからだろう。極論すれば、突きと蹴りなどの打撃技の特性を充分に活かしていないということだ。ここは丁寧に話さなければならないところだが、ここでは簡単に説明した。

 

【組手法の改善のために】
その傾向に気づき始めた空手経験者達は、技術の改善のために、グローブを使用し、頭部打撃の練習を取り入れたりしている。私は、それらの試みを否定はしない。また、安易な接近戦を反則とする、組手競技のルール改正を行なう空手団体も出てきた。私は、そのような組手法自体を変える方法も悪くないと思う。しかし、優れた格闘技術の創出を目標とする格闘競技を考えるならば、その方法には、少々難があるように思う。なぜなら、優れた格闘技術の創出を目標とするなら、仕組み(システム)として、自然に理に適わない状況が生まれにくくするようにした方が良いと考えるからだ。つまり、ある戦術の選択をすれば、それが不利になるという要素があれば、その選択は安易な逃避的かつ偽装的な攻防ではなくなる(現在のフルコンタクト空手競技には偽装的攻防や無駄な攻防が多すぎる)。つまり、リスクをとった上での攻防の選択とは、すべて積極的な攻防手段の選択となるのだ。そうなれば、その競技における技術の応酬が、すべて十分に意味のある攻防となる。ただし、あれをしてはならない、これをしてはならないと注文を付け過ぎると、選手の動きに自由度が奪われ、状況(環境)に対する、より善い変化と同時に優れた感覚の醸成が抑制されるだろう。ゆえに、接近戦も遠間の攻防も有効とし、それぞれの間合いでの有効な技を明確に評価する基準を設ければ良いと思う。

 

【フリースタイル空手は】
繰り返すが、フリースタイル空手は、安全性を確保しながら、あらゆる年代の愛好者に反復練習を可能とすることを目標としている。ゆえにグローブを使用した、突きにによる頭部打撃を採用するのではなく、フルコンタクト空手を基盤とする。しかしながら、近間では、組み合っても良いという、ある意味、当たり前のルールを設定した。

そのことにより、空手家の心身に、優れた間合い感覚、体捌き・運足の技術が引き出されるはずだ。本来、近間での攻防は、掴んだり、組んだりするのが自然だ。また、接近戦における、組み合いへの対応という戦術と技術を空手に加えれば(本来の空手では当たり前)、護身武術としての伝統的空手道の理念が復権するだろう。おそらく、突き蹴りのみが空手だと、単純に理解してきた人達は、戸惑いや違和感を感じるだろう。しかし、護身に空手を役立たせたいと考えるならば、多様な格闘状況(戦闘状況)を知らなければならなということはいうまでもないことだろう(もちろんすべてを知ることはできないが・・・)。

 

但し、徒手格闘における、格闘局面(戦闘局面)の全てを、組手競技で修練するとなると無理がある。要するに「打撃技の攻防」「組技の攻防」「寝技の攻防」と、格闘局面(戦闘局面)が多過ぎ、スポーツとしては過激になるということである。ゆえに、フリースタイル空手競技は、立ち技での格闘局面(戦闘局面)に限定した。

 

勿論、フリースタイル空手競技には否定的意見があるのも、私は承知している。その一つが、頭部打撃技を限定し、組討ちを認めれば、打撃技が得意な者に不利だというものある。その意見には一理はあるかもしれない。ゆえに柔道の寝技の攻防のように組み合いが許される時間に制限時間を設けた。

 

柔道は、打撃技を禁じ、立ち技からの投げと倒されてからの攻防を、武術として重要とし、それら両方の技を生かしている。一方、フリースタイル空手は、寝技を禁じ手としたが、離れての打撃技と接近しての組討ちの両方の技を生かしたのだ。

 

また、極真空手を代表とするフルコンタクト空手の蹴り技は、かなり強力な打撃技、攻撃技である。組討ちの状況と技術を理解し、打撃技と組み合わせて、新しい打撃技を生み出せば、かなり強力な格闘技術が創出出来ると確信している(時間がかかるかもしれないが)。

 

さらに補足を加えれば、戦術の範囲を広げ、戦闘局面の種類を増やせば、当然、組手が複雑になるだろう。しかし、それを我慢して、受け入れることができれば、組手(戦い)がチェスのような戦略ゲームに近づいていくはずだ。はじめに基本技の理解と、それを競技者が身につけることさえできれば、そんなに難しいことではないと思う。

 

もし、フルコンタクト空手競技が、以上のルール変更を受け入れることができれば、これまでの技術プラス、新たな戦術が誕生するだろう。また、競技者に戦略的観点が生まれるだろう。その戦略性は、観る者も納得するはずだ。

 

そこで初めて、人間教育に役立つ、ストラテジック・コンバット・スポーツ(戦略的格闘技スポーツ=武道スポーツ)が誕生するのだ。

2016/9/2 一部加筆修正


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