デジタル空手武道通信 第31号 編集後記 2019/6
交流試合が終わり、ホッとしている。なぜなら、この交流試合では私が考案した拓心武道メソッド(増田式空手メソッド)の柱である組手法の実験でもあったからだ。
組手法の正式名称は「TS方式空手武道競技規程」である。だが、競技の通称を「ヒッティング」としている。競技というのは、組手法イコール競技法と考えてもらって良い。その競技は、極真会館が50年以上行ってきた組手法を補完する組手法といっても良い。
私が見るに、極真空手は発展した部分もあると思うが、大まか、かつ乱暴に言えば、退歩している。言い換えれば、武道空手を標榜する大山倍達先生の理想からは、どんどん乖離して言っている。その辺について、あまり大まかな表現をすると、誤解を招くのは分かっている。だが、私と極真会館の松井館長との対談や、現在、論文をしたためているのでそれを読んでいただければ理解できると思う。ただし、論文は修正中で、まだ発表はしていない。もう少し時間をいただきたい。
私の提唱するTS方式も、道場生に対し伝えてから半年も立っていない。実際は1年ほど前から伝えているのだが、空手のことをあまり知らない道場生にとっては、理解が進まなかった。補足すれば、現在、巷に溢れている、極真空手の真似をした空手競技の技や試合のみを見ていれば、そうなるのも無理はない。
【我が極真空手を眺めたならば】
これまで45年以上、私は極真空手、伝統空手、防具空手、キックボクシング、ボクシング、柔道、レスリングなどを体験するだけではなく、研究してきている。その情報量から判断するのと同じにはならないのは当然かもしれない。
しかし、他のメジャーな格闘技、スポーツを見て欲しい。一流、超一流には技術の正確性、タイミング(機)や間を制するスキル(技能)の芸術性(制心、制位、制機の3制一致の制勝の理法の顕現)、そして、それらの明証性があるではないか(少なくとも増田はそう確信する)。我が空手には、それがないに等しい。それはプロトコルとコードがなっていないのだ。言い換えれば、規程と技術・戦術体系がないに等しい。ボールゲームで例えれば、ボールは1個しかないから、ゲームが成立する。攻防が生まれる。そして、技術と技能が生まれるのだ。空手は、ボールが2つあるゲームの様だ。だから攻撃しかなくなる。攻防ではなく、攻攻だ。テニスで言えば、互いがサーブだけ行っている。サッカーで言えば、互いが2つのボールを持って、別々にゴールを狙っているかの様だ。こんな競技法では、戦術した様な芸術的な技能(スキル)が生まれるわけがない。まずもって、大山倍達先生の創設した直接打撃制を行うものは、技の正確性を基本として欲しい。そのことは技術修行の基本であると同時に、修行の心構えなのだ。それを覚悟している者だけに、武術の試しあいをさせたい。それがIBMA極真会館の思想であり、方向性だ。我が道場生には、もっと深く物事を考えてもらいたい。私にとっては武道もスポーツも遊びではない。否、真の遊びとは、自己と生かす道であり理法を知る叡智なのだ(できれば、あの世でホイジンガや大西鉄之助先生と意見交換をしたい)。それは武道の到達する境地と同じだ。断言する。
みんな、もっと広く情報を集め考えようよ。と言いたい。もちろん、私は先述した格闘技のみならず、サッカー、テニスなど、他のスポーツの構造、そして歴史も研究している。
その様な見地から我が極真空手を眺めたならば、残念ながら、武道、スポーツ、興行、教育、あらゆる観点から眺めても、中途半端である。ただし、それは改善すればよくなるという可能性を否定するものではない。むしろ、再構築すれば、十分な発展の可能性とポテンシャルを有すると考えている。
今回の交流試合は、よく見て、審判70点、選手55点、合わせて割ると62.5点が私の評価である。そして、そのスコアが80点を超えれば、より多くの人に受け入れられるだろうと、予測している。しかし、現在はもう少しである。協力道場の理解が5パーセントに近かったこと。我が道場の黒帯の理解も50パーセントほど。もちろん、感覚的な数字であり、根拠はない。
蛇足ながら、空手に関するすべてのことは、いっ時の思いつきで行なっていることではない。極真空手の価値をより高めるために行っていることだ。それには命を賭けて責任をとるつもりである。
人生も残りわずかだ。なんとしてでも、増田章がどれほどの研究をし、どれほど極真空手を愛していたかを残したい。たとえ、それが批判と取られても。
ただし、その愛し方が、否定に見えるかもしれない。だが、それはその人間の見ているものこそが、偽りの姿で、大山倍達先生が見た夢とは異なることを知らないからだ、と思っている。私は確信を持ってそう言える。断っておくが、今回のTS方式の競技が極真空手にとって変わるとか、思っていない。あくまでも極真空手を補完する修練法として確立したいのだ。
時間が欲しい。だが、体が弱っている、片目にものもらいが出来、10日間ほど治らない。左足も感染し腫れがひどい。現在、薬剤を処方してもらい、服用しているが、完全ではない。身体が弱っているのだろう。それでも、資料を読み込み、メモを取り、映像の編集や執筆でPCに向かっている。
そんな中、心が癒されるのは、私のいうことを信じて戦ってくれた選手達、そして審判の姿である。詐欺師みたいなことを言うが、増田章はあなた方が思っている以上に努力している。信じて欲しい。ただし、せっかちと早口を許してもらいたい。2倍速で生きているのだ。